ドラクエの思い出

投稿者: | 2011年5月28日

長いんで、こっちに移しましたw 自分がDQと出会ったのは、地元の最寄り駅近くにあった「マンガパル」っていうゲーム屋で、 母親がDQ2を買ってきたのがはじまりだった。 DQ1をプレイしていないので、RPG初体験だったんだけど、 最初は案の定、何すればいいか解らず、すぐに放り出してしまった。 買って2週間くらい経ったある日、イトコがうちに遊びに来たんだけど、 そのときに一緒に来た叔母が、DQ2をプレイしていたらしく、 そこで色々と面白さを教わった。 これが、自分がドラゴンクエストの世界にはまるきっかけだった。 最初は叔母のプレイをみていただけだったけど、そのうちに自分でもやりだした。 ローレシアの王子の名前は、そのとき叔母がつけていた名前と全く同じものにした。 「りうまち」 そう。 リウマチ、リューマチ、リュウマチ(英: Rheumatism から)、ロイマチ(英: Rheuma から) 関節・骨・筋肉の痛みやこわばりを来す疾病の総称。 これのことであるw 叔母は看護婦をしてたからなのか、全く関係ないのかは定かではないw 今度訊いてみようw かくして、勇者ロトの血を引くローレシア王子りうまちの冒険は、ここから始まったのだったw けどまぁ、当時小学1年生だった自分にあの強烈難易度のゲームがクリアできるはずもなくw かといってやめることもなく、DQ3がでるまで、どっぷりあの世界に浸かっていた。 そこであの鳥山絵なモンスターたちに興味を惹かれ、DQの絵を描くことに没頭していた。 世界観にもどっぷりはまっていたせいか、 当時の自分はストーリーを考えるのが好きで、オリジナルの地図を描いたり、 オリジナルのモンスターを考えたりしていた。 音楽にも同じように興味を持ち始めた訳だけど、この頃は楽器とかにまではいきつかず、 鼻歌を歌う程度だったけどねw  で、今考えると、この当時からメロディだけじゃなくハーモニーやバスも含めて好きだった。 街の賑わいや遙かなる旅路のあのキャラキャラした音とか大好きだったしw で、1988年。DQ3が発売。 けど当時はあの状況だったので発売日には買えず、2ヶ月後の自分の誕生日にようやく買ってもらえた。 このときもまた、りうまちw 当時は、これとドラゴンボール、トランスフォーマーなんかにはまってたなぁ。 で、ゲームの下手な自分にはやっぱりクリアはできず、バラモスの前でとまってたw Lv39で倒せないってどんだけだよ・・・w けどまぁ、ゲーム自体を楽しむというよりは、その世界観にはまってた感じなので、 この次の年あたりから出始めたグッズ類には大いにはまった。 ゲームで出てくるあのアイテムが自分の手に!ってのはホント嬉しかったなぁ。 最後の鍵の裏側が平べったかったのはショックだったけどw ここら辺の年は、世間自体がホントDQ一色だった。 グッズやアベル、ダイなどのスピンオフ、交響組曲のCDなど、 何を出しても売れるような感じだった。 このときの自分はこれに加え、SDガンダムやミニ四駆にはまっていた。 ガンダムに関しては、今もだけど、本編は全く知らないんだけどねw モビルスーツの形に惹かれた感じかな? ジオン軍のMSとか、DQのモンスターっぽいじゃんw ナイトガンダムとか、あれが拍車をかけた感じだったなぁ。 で、1990年。DQ4が発売。これは発売日に買った。なぜか薬局でw 昼ごはんと一緒に買ってきたんだけど、親の「昼ごはんたべてからにしなさい!」ってのに イライラしたなぁw で、DQ4は、かなり時間をかけながらも、初めてクリアすることができた。 1章の塔で網掛けの屋根にある入り口を見つけ出せず、ここで何週間も迷ったw 攻略本(ジャンプ編集部のやつ)も持ってたのにw あとは、2章のコロシアムも苦戦したなぁ~。 しかし、2ヶ月くらいでクリアすることができた。 進化の秘法(当時は秘宝だと思ってた)に異様にあこがれたなぁ、なぜかw で、このあたりで、交響組曲ドラゴンクエストと出会う。 マイミクのnoriが学校にテープを持ってきていて、それを聴いたのが始まりだった。 正直、当時はオーケストラがどうのとかはさっぱり解らなかったので、 (オーケストラって言葉を知ったのも、小林よしのりの「おぼっちゃまくん」でだったw) 正直、オーケストラの感動とかはイマイチわからなかったんだけど、 とにかく、DQがゲーム以外から流れてる!ってのに驚きだったようで、 その周りにいるだれよりも、持ってきたnoriよりも引き込まれていったのはいうまでもないw で、その後、レンタルショップで4のCDを借りてテープにダビングし、(すぎやま先生、ごめんなさい) それを磨り減るまで聴いていた。 けど、馬鹿店員が60分テープでダビングしたので、終曲の途中から切れていた。orz その後、CDラジカセを買うまで、終曲はぶつ切れ状態だった…。 しばらく経って、母方の伯母の家にいったとき、近くのスーパーで、 ドラゴンクエスト・ファンタジアビデオを入手した。 これはガイナックスが映像を担当していて、当時としてはかなりすごいことを色々とやってたんだけど、 映像にもまぁ、興味を示したものの、自分はオケの映像の方に特に興味を持った。 このあたりで、演奏に対するあこがれみたいのが芽生えた気がする。 ここで、こないだ吹奏楽編でも書いた、楽譜を見ながらピアニカで弾くなんて作業をするようになった。 小学5年生当時の自分は、リコーダーがすごい苦手で、いつも居残りさせられてたんだけど、 あるときをきっかけに、いきなり出来るようになった。 楽譜もいつの間にか読めるようになっていたし、楽譜を何度かみた曲は大抵ドレミで歌える 能力が身についていた。(鼻歌の音程は、ヴァイオリンやるまで安定しなかったけどw) で、知らぬ間に、そこそこの絶対音感がみについていた。 絶対音感に関しては、幼稚園のときの影響が大きいと思う。 ハーモニカとかで演奏させられたんだけど、ドレミで歌わす、 いわゆるソルフェージュを取り入れていたみたいで、 そこでドレミで歌った楽曲は、今もソラで歌えるw 曲を聴くとドレミで再生されるのは、このときに自然と身についたものだと思う。 と、ちょっと話がそれたけど、こんな感じで、小学5~6年あたりは、 DQ音楽にはまっていた感じだった。CDも色々揃え始め、 それについてた楽譜を宝物のように大切にしていた。 で、1992年の9月27日にDQ5が発売。 これは散々延期の上での発売だったので、大いに楽しみだった訳だけど、 周りは段々と、DQよりFFにながれているかんじだった。 当時FF4のCDを持っていって学校で聴いていて、それをみんなも喜んでたんだけど、 DQ5のCDがでたときにそれをもってったら、殆どの人が興味を示さなかった。 あれはショックだったなぁ~。 中学生のときはそれ以上で、いわゆるスクウェアのSFC黄金期である。 自分もまぁ、FFはプレイしたし、5・6には大いにはまったけど、 それでもDQ(この頃は専ら音楽中心)熱がさめることはなかった。 そして、中3のとき、大きな転機が訪れる。 当時、吹奏楽をやっていて、スコアというものの存在を知っていたので、 オケのそれがすごく欲しくなった。 DQインブラスのスコアが発売されていたのは知っていたので、 それを探したのだが、発売されたのが88年ってことで、もう絶版になっていた。 どうしても欲しかった自分は、一つの考えに至る。 いつもDMが来るけど、ここの住所に楽譜を売ってくれないかと手紙を書いてみてはどうかと。 思い立ったらもう誰にも止められないw 思いたって1時間で、手紙を書いてポストに投函していたw そして1週間後。奇跡が起きた。 自分宛に、宅急便が届いたのだ。 あて先をみてみると、なんと、「スギヤマ工房」と書いてあるではないか! 封を開けてみるとなんと、すぎやま先生のコメントと共に、 DQ3の手書きのスコアのコピーが入っていたのだ! あんな手紙にわざわざ目を通してくださり、なんと、願いを叶えて贈って下さったのだ。 1ファンでしかない自分に、本当に申し訳ないくらいである。 本当にびっくりして、すぐにお礼の手紙を出したのだが、 コンサートに行っていたにも関わらず、握手会を知らなかった自分は、 その7年後のバレエのコンサートのときまで、直接お礼をいうことができなかった。 それが今でも心残りである。 ================================== 注)本当はこのこと書くかかなり悩んだんだけど、 自分の人生でかなり大きな出来事なので、公開範囲を限定して書くことにします。 これを読んだ皆さんは、申し訳ないのですが、このことは他言なきよう、お願いします。 ================================== これが、この後の音楽人生を大きく左右したのは、吹奏楽編で書いたとおりである。 その後も、6が発売したりと、色々あったけど、とりあえずはここまで。 続きは、また機会があれば書こうと思います。

ドラクエの思い出」への7件のフィードバック

  1. tboy☆

    先生、まさに神対応ですね!
    そのスコアと手紙、まだもたれてるんですよね?
    超貴重じゃないですか。
    かなりいい思いでですねー。

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  2. ミネア

    さすが、すぎやま先生!漫画ドラゴンクエストへの道によると先生もエニックスにアンケートハガキとか出してたっぽいから、気持ちが分かるのかもね!
    私は誕生日に親に4のビデオをねだったら、「女の子なんだから可愛い洋服とかにしなよ!」と言われたのを覚えてます…
    結局買ってもらえたけど<img src="http://img.mixi.net/img/emoji/50.gif&quot; alt="わーい(嬉しい顔)" width="16" height="16" class="emoji" border="0">

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  3. おたりゅん

    そこまでしてもらったら、すぎやま先生についていくしかないですね('Д')

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  4. タッカート

    自分の体験と重ね合わせながと読ませていただきました。
    生い立ち?は違えど、ドラクエに対する強い思い入れは身に沁みて感じました。
    吹奏楽の編曲の時の元の楽譜が3だったので???と思っていましたが、そう言う事だったんですね!
    私が某掲示板で、初めてドラクエ以外のオーケストラのコンサートに行く事を書いた時に、すぎやま先生もそのコンサートにいらして、自分達を見つけて、お声を掛けてくださった事がありました。
    コンサート後の握手会もそうですが、すぎやま先生は音楽を愛する人を応援してくれる
    「音楽の応援団長!」なのではないでしょうか<img src="http://img.mixi.net/img/emoji/50.gif&quot; alt="わーい(嬉しい顔)" width="16" height="16" class="emoji" border="0">

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  5. スペアリブ

    >tboyさん
    あのときはホント、嬉しかったです!
    グッズとかの扱いは比較的無頓着ですが、これだけは大事にしてますw

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  6. スペアリブ

    >おたりゅんさん
    もう、一生ついていきます!w
    自分の寿命のが短かったりしてw

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  7. スペアリブ

    >n700-7000さん
    さりげなく書いたんですが、疑問に持って頂いたようで、
    してやったり!な感じですw
    ファンの皆さんの応援と先生は仰いますけど、
    うちらこそ応援してもらってる感じですよね!
    うちらファンのこともよく覚えてくださってるし。
    ほんと、ありがたい限りです。

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